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2010年07月 アーカイブ

「日米安保」とは・・・その4

「事前協議」の問題も不透明なままでした。

1.配置における重要な変更
2.装備における重要な変更
3.私たちの国からおこなわれる戦闘作戦行動のための基地としての日本国内の施設・区域の使用について事前協議がおこなわれるものと「日本政府は了解している」。

しかし、べトナム戦争などの際に、それに類する行動が何回かありましたが、いずれも事前協議の対象外とされ、これまで一回も実施されていませんでした。

米中関係の改善、ベトナム戦争の終結は、日米安保条約の存在理由を問う初めてのケースとなりました。

廃絶を含む再検討がいわれるなかで、米国の軍事当事者は懸命に安保維持の道を探りました。

一方、日本では「いまこそ安保に魂を入れよう」との声が高まりました。

従来の、極東の安全により高い比重を置いてきた駐留米軍を、いまこそ日本防衛のためのものに引き戻したいという気持ちが日本側にありました。

「日米安保」とは・・・その5

七五年八月、シュレジンジャー米国防長官と坂田防衛庁長官は、初めて公式な防衛首脳会談をおこないました(以後、定例化)。

ここで日米防衛協力小委員会の設置が決定、七八年一一月には「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」が策定されました。

ガイドライン策定の狙いは、日本側からすれば、米国の対日コミットメントを平時から確保しておくことにありました。

そのためには、有事の際の具体的対処、つまり、日米合同でやる部分、役割分担の部分、さらに指揮権の問題などをあらかじめ解決しておきます。

次いでそれを実効あらしめるため、両国は実技・図上の合同演習を繰り返して戦術面での相互理解を深めるほか、装備などをお互いが使えるようインターオペラビリティ(相互運用性)を高めることにしました。

折からソ連が、米本土を攻撃できる潜水艦発射弾道ミサイル搭載の原潜を、日本近海のオホーツク海に配備したこともあって、米国は北西太平洋の軍事情勢に神経を尖らせていました。

だから米国としても、この地域で日米が共同で危機に対処するという、安保の新しい方向は大いに歓迎するところでした。

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